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2009年7月アーカイブ

平成19年1月から毎月行ってきたジネンカフェも、来月で30回目を迎えます。継続は力なりと言いますが、正直なところ私自身まさかここまで続けられるとは思ってもみませんでした。ここまで続くと30回と言わず、40回、50回と続けて行きたいという気持ちが起きてきます.。

そのジネンカフェでは、毎年真夏にお楽しみ企画として、いつものお茶を飲みながらゲストのお話を聞くという形式ではなく、屋外でBBQをしたり、カレーパーティーをして障がいの有無に関わらず、楽しみながらノーマライゼーションを感じてもらおうという企画を行っています。

三年目になる今年は、9月6日(日)のPM.16:00?20:00にかけて、昨年同様『カレーなる晩餐会(カレーパーティー)』を行います。カレーは4種類。スタッフの手作りです。豆カレー、ココナッツカレー、ハバネロを効かせた激辛チキンカレー、市販の甘口カレールゥーを使った欧風カレー。各自が8食分作ります。昨年も厳しい残暑とカレーの辛さと熱さ、それに参加者のひとりひとりの放つ熱気とで、終了した時には参加者・スタッフ問わず汗だくになっていました。

今年のお楽しみ企画は、マジック大好き高校生のマジックショー、NPOの理事仲間によるアコースティックギターの弾き語り。重度の脳性まひの障がいをもちながらも主婦をしている、さつきさんの担当のもとでサラダを作り、食事を終えてからパワーポイントを使った電子幻燈会『私たちの住むまちは、誰もが楽しめるまちかな?』に続いて、私の新作ファンタジー『ムゲンの樹、水のない海』の朗読と、盛りだくさんな内容でお贈りします。ご興味のお持ちの方は下記のところまでお問い合わせ、お申し込み下さい。

名古屋市東区代官町29^-18 柴田ビル1階

まちの縁側MOMO内

NPO法人まちの縁側育くみ隊 担当:大久保

TEL/FAX:052--936-1717

e-mail:ookubo@engawa.ne.jp

私が私であるために

久しぶりに物語を書きました。『ムゲンの樹、水のない海』という題名の、メルヘンの形を借りた現代の寓話ともいうべき物語です。市民活動を始める前の私は同人誌に小説やエッセイなどを発表していたのですが、市民活動を始めてからもエッセイやコラムのような文章を書いたり、紙芝居の原作を書いたりしていました。

私は市民活動家、まち育て人、コミュニティ・プレーヤーである前に、ひとりの表現者でありたいと常に思っています。よく芸術とか音楽の創作者が、自分が創作した作品で自分自身が救われる時があると云いますが、それは私の場合にもあてはまることで、もし私に文章を書いたり、物語を紡ぐ能力が培われていなかったら、今頃どうなっていたでしょう。そう思うと本当にぞっとします。

私が文章を書いたり、物語を作ったりすることが好きになったのは、障がいのため外に出て遊ぶことが難しかったので、小学生の頃から本ばかり読んでいたおかげだと思います。そしてその源を辿るなら、幼い頃寝付きが良い方ではなかった幼い私を眠らせるため、母や姉が毎晩のように読んでくれた絵本や物語にあるようです。いま思えば、きっと本を読んでもらっている時の私は本当に心地よかったのでしょう。自分で本を読むようになってもその心地よさは続いていたのですね。だからこそ、自分も文章を書いたり、物語を紡いだりすることが好きになった...ということなのだと思っています。

私にとって「文章を書く」という作業は、自分が自分であることの確認作業と言いますか、私が私であるためになくてはならないものです。私はこれからもこの作業を続けてゆくでしょう。例え市民活動から足を洗う日が訪れるとしても...。

先週の水曜日のことです。夕方から名古屋一の繁華街である栄で飲み会がありました。私は決してお酒に強い方ではないと自分では思っているのですが、それでもテキーラとかウォッカのような強い酒と、それとは逆の甘いカクテル以外ならなんでも飲めるくちで、時々自宅で兄と焼酎を飲むこともあるのですが、飲み会は実に久しぶりのことでした。

その日の会場は、私も幾度も行ったことがある沖縄料理のお店。一時期、沖縄料理にはまっていたことがあって、その店にも何度か足を運んだものです。その日も沖縄の珍しい料理と定番のオリオンビール。それに久米島の泡盛・久米仙の水割りで話が弾みました。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもの。お開きになったのは、21:30を過ぎていました。

会場を出てセントラルパークの地下街へと降りるエレベーターに乗り込み、地下へ降りたのはよいのですが、地下街は全店シャッターが降りて静まり返っています。よくみると地下鉄駅へと通じる通路にもシャッターが降りていました。これはもしかして、閉じ込められた? 

慌てて再びエレベーターで地上に戻ろうとしたら、今度はエレベーターが停止してしまっています! 完全に地下街に閉じ込められた感じでした。どうしよう...。と、そこに救いの女神が!! エレベーターが地上から降りてきて、ふたりの清掃員の女性が現れたのです。事情を話して防災センターの職員さんに連絡してくれ、地下街の非常出口から地下鉄駅側通路に脱出させていただきました。

いやあ、冷や汗をかきました。清掃員の方がエレベーターで降りてきてくれなかったら、私は夏の一夜をクーラーも効いていない地下街で過ごさねばならないところでした。

 

この世界の片隅に

 少し前にこうの史代さんの最新作『この世界の片隅に』を読みました。こうのさんと言えば、映画にもなった『夕凪の街 桜の国』で著名な漫画家さん。『夕凪の街 桜の国』も原爆投下後の広島と、原爆によって亡くなった人々や、原爆の記憶によって苦しめられ、いつ発症するか解らない原爆症に怯え
る人々、それでも現在を力強く生きようとしている人々を描いた感動作ですが、新作の『この世界の片隅に』も、やはり戦争中の広島と軍港でもあった呉に暮らす人々の生活を描いていて、これまたじわじわと心に来る物語です。

 主人公は広島で家族と平穏に暮らす少女のすず。すずは絵を描くことが好きで、いつもぼんやり考え事をしていてはヘマをやり、兄や妹にからかわれていました。そんなすずにも初恋の相手が現れます。クラスで一番の嫌われ者の水原。しかし、水原は戦争の犠牲になった兄の後を追って海兵隊
に入隊し、すずも請われて呉の北條家に嫁に行くことに...。すずの呉での新しい生活が始ります。しばらくして戦地に赴くという水原が、すずを訪ねて来ます。別れの時、すずに向かって水原が言うのです。「この世界で普通で、まともにいてくれ」と...。

 戦争は物理的に街を破壊し、人が殺しあうだけではない。人の心までも変貌させてゆきます。国家のため、国民を護るためという美名を着せられ、人が自分と何の関係ない人を殺し、また殺される。平穏な世であれば決して行わないだろう非人道的行為を、平然と行う。日常的にそういうことが繰り返さ
れていると、それがあたりまえのように思えて来るのですね。感情が摩耗し、悲しみの感覚が鈍化してゆきます。そんな人の世の有り様は、どこか歪んで病んでいるのです。そんな歪んだ世界の片隅に普通の感覚でいられることは、言葉で言うほど簡単なことではないと思います。 『この世界の片隅に』の時代背景は確かに戦争中ですけれど、すずに向かって言った水原の言葉は現代の私たちに突きつけられている言葉でもあるでしょう。

世の中が平和だということは、個人の人としての尊厳や意思が護られ、自分らしい生き方が出来ているということなのでしょう。

プロフィール

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  • 大久保康雄
  • 脳性マヒでチェアウォーカーながら、ある時は小学校?高校の福祉の〈総合的な学習の時間〉や、実践教室の講師。ある時はライター、またある時は紙芝居「風穴一座」の座長。そしてまたある時はNPO法人まちの縁側育くみ隊の理事。多様な顔を持ちつつ、様々な形のまち育て活動を通してやさしさの種まき作業に関わっています。
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