昨日の夕ご飯から新しい炊飯器でご飯を炊いています。
以前は、10合炊きを使っていましたが、5合炊きの炊飯器を購入しました。
基本的に3合を炊きます。
多いときで5合です。
なんだか、お釜のわりには、炊飯器全体は大きくなっているようです。
置き場所に合った物を選んだら、以前使っていたものより合数が小さいものになりました。
それでも10合炊くことって1年に1回くらいなので良い選択かなぁ。。と思います。
次男は、うれしそうです。
次男なりに、自分の出来る仕事があるのがうれしいことなのでしょう。
このあたりが、親の私でなくても、次男のことをいじらしく感じさせるところです。
次男の最大のチャームポイントです。
次男は、親が死んだ後も生きていく障害者です。
ケアホームか、入所施設か、どこかに託さねばならない人です。
託して、ずっと幸福に暮らしていってほしい。
どうしたら、それが可能か。
だったら、職員さん達のご負担が少ない人になってほしい。
かなうなら、職員さん達のお手伝いが出来る人になってほしい。。。と思っています。
次男と関わることが、職員さん達にとって過酷な労働になったのならば、職員さん達は長続きしません。
そうなれば、職員さん達にとっても次男にとっても「福祉残酷物語」なのです。
親亡き後の次男の幸福を願ったら、今、すべきことは何か。
職員さんは、怒っても殴りはしない。。を良いことに、職員さんを殴ったり、つねったりする知的障害者も居ます。
知能が低くても、そういうことは、わかります。
知的障害者本人が、自分で自分の首を締めているのと同じです。
どんなに良い職員さんでも疲れてきます。
もしかしたらいつか、プチッとキレてしまうことだってあるかもしれません。
すると、良き支援者がひとり減るのです。
それは大きな損失です。
あるいは、いつか見たフランス映画「彼女の名はサビーヌ」のように服薬で攻撃性を抑えるしかなくなるのでしょうか。
あの映画はつらい映画でした。
私は、わが子に叩かれたら悲しいです。
わが子以外に叩かれたら、憤慨してしまいます。
サビーヌに忍耐強く接しておられるスタッフさん達に驚嘆しました。
次男は養護学校高等部に在学している時に、下校途中で、同じ学校の女の子を追い越すときに突き飛ばしたことがあったそうです。
女の子は倒れてヒザを怪我したそうです。
下校指導にあたっておられた男性の先生が次男を追いかけて、駅のホームに駆け上がり、次男を捕まえて厳しく叱責してくださったそうです。
次男に先生の言われる言葉の意味が逐一理解できたとは思いませんが、叱られていることはわかったと思います。
そのようなことは、校内で、何度も形を代えてあったと思います。
知的障害のある自閉症の次男にも「青春期の感情の荒れ」のようなものがあったのでしょう。
そのたびに先生方は、全力で叱ってくださったのだと思います。
大人しいと言われる次男でもそういう時期があったのだと思います。
今、次男があまり問題なく毎日を過ごせているのは、適切な時期に適切な指導を受けることができたからだと思います。
本当に、幸運だと思います。
叱ってくれる人は大切な人だと思います。
先のことは、誰にもわからないので不安です。
次男が自傷、他傷に縁無く、人を大切に想い、次男も大切に想われて、暮らせることを願っています。
次男は、今日もルンルンでデイサービスに出かけて行きました。

もう!オオウケです。

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中学生の作文「僕と弟」「私の兄」
いいなぁ。。いいなぁ。。。
当人(弟くん)からお姉さんへの日記写メールです。
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