次男に、「今日の夕食は、クリームシチューにしようね。。。」と言っていました。
クリームシチューのルーと牛乳を買ってきて、私が作るつもりで台所に立ったのですが、次男がすぐにピーラーを取り出してジャガイモの皮をむき始めました。
ま、やってくれるときは、まかせましょ。(^^)

きれいに皮をむきました。
この後、野菜を上手に切ってくれました。
タマネギを切って涙が出たのでしょう。
顔を洗いに行きました。

鶏肉を切って。。。

フライパンで具を炒めて。。。

「自分で料理を作ることが出来る」というのは、献立、材料を思いついて、買い物に行って、ひとりで作ることです。
次男は、母親が傍で見ていると、洗って、切って、剥いて、炒めてくれます。
次男が「自分で作ることが出来る」人になれるかどうかは、わかりません。
でも、「お手伝いします。」という姿勢を見せてくれるだけで、親は子のことが愛しいと感じるし、職員さんは次男と接し易く感じるでしょう。
それを狙っています。
親なら必ず子をいとしいと思うだろう。。。というのは、幻想です。
わが子を愛せない、許せない母親は、たくさんいます。
なんの問題もない子を愛せない母親もいます。
自分を「障害者の母親」にしたわが子を、心の中で許せないで、憎しみさえ感じている母親も存在します。
私は、いつまでも、わが子をいとおしいと感じる母親でありたいです。
だから、それを狙っています。
次男が私からも、ほかの人からも、いとおしいと思われる人になってほしいと念じてきました。
親は、子を残して先に死なねばならないので、それを狙っています。
次男を、「親が死んだ後も大事にしてもらえる人」にならせたいです。
次男くん、大盛りにしないで、普通の量に入れて、2杯目をオカワリしたほうがいいと思います。(>_<)




