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2008年12月アーカイブ

今年もあとわずか。
仕事納めも、忘年会等々の飲み会ラッシュも終わり、どっと疲れが出てきてますwobbly

そんななか、母親からの電話。「体大丈夫?風邪ひいてない?飲みすぎてない?」
大学を出て、入社をきっかけに、兵庫県の実家の親と離れて、暮らして10年。
最近は、連絡が来る頻度は少なくなりましたが、まだまだ、こんな感じです・・・・・
だいたいが、素っ気無い対応をしてしまうのですが、最近は僕も年を重ねたせいか、少し会話を
出来る余裕が出てきました。。

人一倍、心配症sweat01の母親なので、僕を育てるのは、ホント大変だったんだろうと思います。
それに比べ、うちの父親は、木の上からだまって見てるタイプの人なのでバランスは取れてるんだろうなぁと思います。

こんな、父に感謝してることがあります。
「車の免許です。」

僕は、アクセルを踏むための右足が義足なのですが、一般の運転免許を取得しています。

免許取得を取得する際に、教習所の方からは
「義足でアクセルを踏んでの免許取得は、過去の前例が無いので難しい。」
と言われ、「仕方無いか。」と、あきらめ気分で改造車限定の免許取得をすることを父に相談、、

 

父から「お前は、義足でアクセルが踏めないことを、自分で確かめてみたのか?前例が無いことに対しては、挑戦しないのか?」と一喝bearing

 

そんな、父からの怒りの言葉を受けて、右往左往、挑戦した結果、無事、義足の右足でアクセルペダルを踏む、通常の免許が取れました。(会社には改造車が無いので・・良かったと・・)

世の中には、様々な角度で、目に見えないバリアが張られているのが現実だと思います。
また、そのバリアも障害によって、様々だと思いますし、仕方無いことかもしれません。

でも、障がい者自身が、これを少しずつ、破ったり、変えたりしていくことは、とても大切だと思います。
また、これを、実現するためには、信じて支えてくれる人や環境がとても重要な要素になるとも感じています。

親の電話話から、たいそうなことを書いてしまいましたが、
来年も何卒よろしくお願いします。

タイトルの「たゆたえども沈まず」は、パリ市の紋章に書かれている、ラテン語"Fluctuat nec mergitur"の日本語訳です。

パリのセーヌをいく、船乗りの「何があっても、船は沈ませず、目的の港に到着する」という気概を表現したものとも言われています。

おおげさですが、僕自身、生活していくなかで、いろんな障壁にぶつかり、気持ちが折れそうになったとき、というか折れたとき、それでも、「沈まなきゃいいんだ。」と自分に言い聞かせるにあたって、この標語を思い出します。

今日は、クリスマスイブです。メリークリスマス!!

プロフィール

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  • アンディ
  • 私は、生後すぐ右下腿切断者となったのですが、よく動ける義肢装具と周りの協力もあり、現在まで、ほぼ、健常者と同じ環境の中で生活することが出来ております。もし義肢装具や、周りの協力が無ければ、障害者という自分を認識せざるを得なかったと思います。障害は、人が持つもので無く、環境が生み出すものだと考えています。早く、世の中の障害が無くなることを期待しながら、ブログを書かせて頂きます。
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