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手を伸ばそう。

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お久しぶりです。ドンベです。

毎日が、自分を追い越していくみたいに過ぎていきます。

ブログの更新がずいぶん空いてしまいました。

 

会社帰りの電車の中で・・・。

私と同じ駅で、地下鉄に乗り込んだ女性は、白い杖を持った眼の悪い方でした。

地下鉄に一番最後に乗って、扉が閉まるのを待っておられました。

扉が閉まって、出発のときって、ガタン、と少し揺れますよね。

その女性がグラっとなったとき、扉の真横に立っていたおばさんが、

さっと手を伸ばして女性の手を取り、そっと扉の横の手すりへと導きました。

女性は軽く頭を下げて、手すりを握っておられました。

周りに、何ともいえない温かい空気が流れました。

そうか、そうやって手を伸ばせばよかったんか。さりげないけど、すごいな。

さりげないってすごいことやな。おしつけがましいのはあかんな。

手を伸ばそう。さりげない優しさを身につけよう。

 

こんばんは、ドンベです。

ドンベがひそひそ話

10日も更新があいてしまいました。

調子があんまりよくなかったですbearing

自分って何なんだろう、なんであんな失敗するんだろう、なんで自分てこうなんだろう、

そんなことばっかり考えていました。

一つ、何かにつまづくと、何もかもが全てダメなように思える。

私の場合の、「うつ」の良くないときの状態です。

自分での対処方法は、簡単な「認知療法」の書き込み式のノートを

買って、書きこんだり、書きこんだ内容を読み返すようにしています。

そうすることで、

一つのつまづきが、人生全てや私の存在自体を否定するものではない、

と、ようやくうっすらと気付くことができます。

どうしようもないときは、何にも考えなくて済むように、

お薬を飲んで寝るようにしています。

そんな感じで、うつ病で苦しんでいる皆さん、

ご家族うつ病の方がおらえる皆さん、

人生は、一日一日の積み重ねだけど、失敗は、

その気になればいつでも取り返せるからと、

そう信じて、また明日の日の出を待ちましょう。

そうしましょう。

こんにちは、ドンベです。

通勤の地下鉄、「携帯電話電源オフ車両」での、携帯電話の使用が

ものすごく目立ちます。

放送が流れても、ステッカーを目にしても、平気で使い続けています。

簡単です。

他の車両に移ればいいだけなのです。

でもきっと、その車両が下りた時に階段に近いとか、そういう理由なのだと思います。

携帯電話電源オフ車両だと思って乗ってきた、携帯電話の電源が入っていると困る人たちは

どうすればいいのでしょうか。

私はいつも、

ここ、携帯電話電源オフ車両ですよ、と声をかけようと思うだけで、

その人数の多さに圧倒され、いつも思ってるだけです。

だから、まず、私はその車両では、携帯電話の電源は入れない。

次に、地下鉄の職員さんに、事情を説明して対応していただく。

それでもだめなら、携帯電話電源オフ車両ですよ、と勇気を出して声をあげてみたい。

一人からでも始めてみたら、動いてみたら、何かが変わるかもしれないからです。

今後の報告を期待していてください!

電車の中で。

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こんばんは。ドンベです。

先日、会社帰りの地下鉄での出来事を書きます。

私が乗ると、車内は家路に向かう人たちで込み合っていました。

「優先座席」と書かれた3人掛けの座席に、女子高生が3人座っていました。

私が乗った駅の次の駅で、つえを持った女性が乗ってこられました。

年齢は、60代後半ぐらいに見えました。

もたれたかったのだと思います。

女子高生が座っている座席の方に向い、地下鉄の壁にもたれて立っておられました。

吊皮を持って、ぐらぐらと揺れておられました。

女子高生は、3人でモソモソと話し合い、ゲラゲラと大声で笑い、携帯電話のカメラで

写真を撮り始めました。

「そのうち、座席を譲るだろう」と思っていた私は、自分の過ちにやっと気付きました。

彼女たちは、ついに、座席を譲ることなく、その女性より先に地下鉄を降りていきました。

女性は、あいた優先座席に、ようやく座りました。

どうして、女子高生たちに一言声をかけなかったのかな。

私は今でも後悔しています。

そして、こんなことも考えました。

3人の女子高生、もし1人だったら、席を譲ったんじゃないかな。

人数が多いと、かえって本当に持っている優しさが出せないときがある。

たぶん、彼女たちは、間違った友人関係を結んでいる。

「席、譲ろうや」

そう声をかけあえる仲間だったら良かったのに。

でも何より、その座席を本当に必要としている人が、

当り前にその座席に座れるような、そういう社会にしていきたいです。

そして、私が誰よりも先に座席を譲っていきます。

同じ失敗は、もう二度としません。

こんばんは、ドンベです。

最近、調子が良かったり悪かったり。まあ、ずっとそうなんだけど。

まあ、誰でもそうなんだろうけど。

朝は、「もう最高、人生最強にハッピーだ!」と思ってても、

もう11時ごろには、「あかん、私の人生終わってる」と考えてしまいます。

その原因は、ものすごーく些細なことです。でも、些細なことだと気付くのは、

ずっと後になってからで、そう気づくまでの時間が、とても辛い。

できるだけ早く気付けるように、自分なりに工夫をしています。

ひとつは、仕事場の本棚に「うつな気分が良くなるノート」というような、認知療法の本を

立ててあります。

それを無意識にでも目にしたら、「あ、また同じ失敗や」と気付くことができます。

あとは、こうやって、落ち込んだ気持ちをブログや日誌に書くことです。書いたら気付きます。

こうやって書いているということは、今はとても落ち込んでいるということです。

原因もわからないけど、今日も一生懸命生きたような気がするから、

悩みを深追いするのは止めることにします。

自分の悪い時の状態を知っておいて、自分をコントロールするコツを持っておくことが

とても大切だと思います。

 

こんばんは、ドンベです。

私の勤めている会社は、「教育活動」を通して「自立型人間を育成する」ことを目標とし、

そのことで「日本再興、社会をもっと良くする」ことをミッションに掲げている会社です。

私はそこで、去年の9月から勤めています。

自立型人間とは・・・

自立型人間の定義はいろいろとあるのですが、そのうちの一つが

「自他共に幸福にできる人」です。

自立していて仕事ができても、その成果を独り占めするような人は、自立型人間とは言えません。

その成果を、分け与えシェアすることができるのが、自立型人間です。

支え合い助け合うことを、あたりまえ、と思えるのが自立型人間です。

私の目標は、自分がまず自立型人間になることです。

 

こんばんは、ドンベです。

今日は、かりんちゃんのことを書こうと思います。

かりんちゃんは、小学校の時のお友達で、私より学年が一つ下でした。

知的障害があって、なかよし学級で過ごしていました。

私は、しょっちゅうなかよし学級に遊びに行っていたので、すぐに仲良くなりました。

かりんちゃんは、ほとんどしゃべることはありませんでした。

いつも、かわいい赤いぼんぼりのついたゴムで髪の毛をくくっていました。

いつもニコニコ笑っていました。私が一方的にしゃべっても、ニコニコと聞いてくれました。

かりんちゃんのおうちは、小学校の目の前のマンションだったので、手をつないで帰りました。

かりんちゃんのお母さんが、いつも出迎えてくれました。

 

ある日、小学校のグランドでかりんちゃんと遊んでいたら、

かりんちゃんは、ニコニコしながら、私の腕をつねりました。

痛いよ、かりんちゃん。

そういって腕をほどくと、かりんちゃんは、またニコニコして腕をつねりました。

私はかりんちゃんと手をつないで、なかよし学級の先生の所に行きました。

「せんせー、かりんちゃんがな、腕つねってくるねん。痛いから、やめるようにゆって。」

先生が、かりんちゃんをやさしく注意すると、かりんちゃんは、ニコニコしながら泣きました。

でも、あとから、先生が教えてくれました。

 

かりんちゃんは、他の友達から、腕をつねられていたのです。

かりんちゃんは、友達は「つねるもの」だと思っていたのです。

私のことを友達だと思ってくれていたから、かりんちゃんは、私の腕をつねったのです。

 

かりんちゃんは、私を友達だと思ってくれたから、つねってくれたのです。

子どもは、時に残酷です。

でも、小さい時に大人がちゃんと正しいことを教えてあげれば、子どもは正しいことを選べるように

なると思います。

当り前を増やしていくためには、大人の責任は重大だと思います。

 

 

こんばんは、ドンベです。

今日は、うつ病のお話です。

うつ病、と診断されて早3年が過ぎました。新聞やニュースなどで耳にする

「抗うつ剤」や「睡眠薬」「安定剤」などは、たいてい飲みました。

「そういえば気分が軽いような気がする」「そういえば今日は泣いてない」

そんな「そういえば・・・」というぼんやりとした体験をもとに、どんどんお薬を変えていきました。

だいたい2週間ぐらいは、効き目があってもなくても飲んでみて、先生とじっくりお話合いをして、

また新しいお薬にチャレンジしてみる、2年半ぐらいはその繰り返しでした。

副作用で頭がガンガンしたり、ずっと船酔いみたいになったり、

飲んだとたん、ものすごい眠気に襲われたり。

そうやって、自分の体と心に合うお薬を探して、ようやく今のお薬にたどりつきました。

今飲んでいるお薬は「感情の波を抑えるお薬」「不安な時に飲むお薬」

「イライラした時に飲むお薬」「眠れないときだけ飲むお薬」、そして「胃薬」です。

うつ病には、特効薬なんてないんだと思います。セロトニンがどうやこうやという説明がよく

テレビでもされていますが、うつ病の私にとっては、宇宙の話よりもさらにピンとこない話で、

とにかくこのしんどい気持ちを何とかして、ただそれだけでした。

うつ病に効くお薬は、人によって違うのだと思います。症状の重い、軽いによっても変わってくる

のでしょう。

それを、適切に判断し、管理し、処方してくださるお医者様と出会うことが、何より大切です。

それと、日記をつけるのも、とても役に立ちました。主治医の先生に勧められて、最初は乗り気で

なかったのですが、こう言われて書いてみようと思えました。

「一日、一文でいいのよ。」

「朝起きれない」「一日中泣いていた」「今日はちょっと、ましだった」

その状態と、お薬の摂取の関係性を見抜いて、私の先生は、お薬を変えてくださいました。

カウンセリングには、その日記を持っていって、1週間を振り返りながらお話しました。

私のうつ病に聞いたお薬、

それは、親身になってくださる、主治医の先生でした。

お布団を占領するドンべ

そして、気長に付き合ってくれた家族、私の周りの優しい人たち。

そして、ドンベたん。私のお布団の毛布の上で、のびのびしています。

眠たいドンベ

こんばんは、ドンベです。今日は、町の中で考えたことを書きたいと思います。

こないだ、地下鉄の乗り換えのために、地下道を歩いていました。

定期券売り場がありました。用紙と筆記用具がおいてある、あの、ちょっと傾斜のついた

机が置いてあるところです。

そこで、車いすに乗った男性が、用紙を書いておられました。

車いすから上半身と首を思いっきり伸ばして、なんとか机の高さまで届いて、

用紙を書いておられました。

せめてもう少し高さの低い机が、横に一つだけでもあったら、

車いすの方も、もっと楽に記入できるのに。

当り前のことを当たり前にするために、一番必要なのは、

自分以外の人の状況を考えることのできる「想像力」だとつくづく思いました。

 

私の会社の先輩が、今度、福祉作業所で働くスタッフの皆さんに、研修をしに行きます。

またそのお話をじっくりと聞かせてもらい、想像力を磨きたいと思っています。

こんばんは、ドンベです。

私は、「ドンべ」と名乗っていますが、プロフィールにもあるように、

実は、この名前は、我が家の犬の名前です。

「ドンべは、うつだった私を支えてくれた犬の名前です」

私は、バリバリに働く学校の教師でしたが、ある日突然、学校に行けなくなりました。

理由は、今になって考えればたくさんあったと思います。

でも、その時は、そんなことを考えるのもつらく、ただただつらく、

毎日布団を頭からかぶって、眠っていました。

外出もしたくないし、テレビも見たくない。新聞もいや。

テレビの音すら我慢できず、耳をふさいで、部屋の隅に逃げていました。

家族には、本当に迷惑をかけました。いっぱい心配させました。

でも、うつ状態が一番ひどかった時には、そんなことを考える余裕すらありませんでした。

ただ辛い、何もできない、そんな自分がいや、そんな自分は世の中にいても仕方がない、

家族にも心配と迷惑をかけているだけ、もう消えてしまいたい、消えたい消えたい・・・

毎日そればっかり考えていました。

脳内物質のせいでうつ状態になるのであって、気持ちが弱いからとか、心が弱いから、とか

そんなことは関係ないのよ、とお医者さんに言われても、

理解はできても納得はできず、つらいつらい毎日でした。

ドンベとお友達

ドンベは、私の心のよりどころでした。ドンベがお昼寝するソファに無理やり横になって、

泣きながら一緒に寝ました。

心配してくださる方とも連絡を取らなかったり、携帯電話の電源を切りっぱなしにしたりして、

外部との連絡も絶ちました。

私のうつ病は、3年を経過して、随分と落ち着きました。

テレビもみるし新聞も読むし、仕事は転職しましたが、復帰しています。

時間はかかるけれど、いつかかならず良くなるよ。

先生からそういっていただいたお言葉に何度も救われました。

ご家族にうつ病の方がおられるという皆さん、どうかどうか、見守ってあげてください。

ご家族もお辛い、でもご本人もお辛いのです。

私は、いっそのこと本当に消えてしまおうと何度も思いました。

子供みたいに、泣きわめいたりもしました。

でも、ここにこうやって生きています。見守ってくれた、私の周りの方全員のおかげです。

待ってほしいのです。あともう少し、もう少し。

プロフィール

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  • ドンベ
  • ドンベといいます。大阪にある「自立型人間・組織を育成する」会社で働くOLです。13年間、中学校の教師をしていました。支援団体などには所属していませんが、「ちょっと変えたら大きく変わる」という「一の哲学」を大切に、できることから行動していきたいです。(「ドンべ」は、うつだった私を支えてくれた犬の名前です。)
  • http://ameblo.jp/keiko-don/
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