兵庫県姫路の東芝姫路工場へ入社して
配属された場所は、トランジスタの検査部門
トランジスタ?
トランジスタと聞いて連想したのはラジオでした。
違うんですよねー
なんだか難しいのでこちらを見てください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%B9%E3%82%BF
数多くの種類トランジスタが生産されていて、
そのトランジスタの規格が合っているかを測定するのが
私の仕事でした。
机の上にトランジスタを測定する機械が置かれていて
製品毎に、?ボルトと?アンペアを設定して
トランジスタを差込ます。
すると針が動きだしますので、その針がふれた数値が
規格にあっているかを確認して良品・不良品と仕分けしていくのです。
製品番号と機械の設定等。。。
規格を憶えるだけでも大変です。
理数系が苦手の私にはチンプンカンプンでした。
私達を指導する班長さんは、男性の方でしたが
口が悪く、ズケズケと物を言う方でしたので、
覚えが悪いとすぐに
オマエ アホかー
コンナンモ オボエラレンカーと言ってきます。
関西の言葉なんて聞きなれていません。
まして、兵庫の赤穂方面は言葉がきつく聞こえるそうです。
その言葉にカチンと来た私は
アホでスミマセン!
頭が良かったら、とっくに大学へ行ってますよ!
こんな所に来ませんよ!恐いもの知らずと言うのでしょうか!
大先輩の班長さんへ口答えしてしまいました。
それを聞いた班長さん
そりゃーそうだな
頑張って、はようおぼえな!
と妙に納得してくれました(笑)
でも班長の言うとおり、憶えなくては仕事ができません。
メモ帳に何度も何度も製品番号と規格を書きだして
隙間がないくらい書き出し、英語の単語を覚えるように
ブツブツと繰り返し頭に記憶させるように努力しました。
その成果もあって、他の新入社員より仕事をすぐに覚え
検査スピードも速く、ミスがないことから重要な検査を
任されるようになり、仕事がだんだん好きになってきました。
又、班長も私の気の強さが気に入ってくれたようで
言葉は相変わらずきついですが、何かと指導してくれ
周りも認める程、コンビを組んで仕事をするようになりました。
昼勤は、地元のパートのおばちゃん達が一緒に作業をするので
兵庫のおばちゃんパワーに圧倒され、賑やかな職場でした。
高校時代、主婦をやっていたせいか、おばちゃん達に気にいられて
あんた、おもろい子やなー
ほんまに17歳?
うちらより、なんでも知っているなー
としごまかしてへん?
あんたみたいのみみどしま いうんよー
でも、わかいのに苦労してえらいなーとバリバリの関西弁で仕事中もいろいろと話しかけてきます。
そして、休日は自宅へ招待され、ご馳走してもらったり、
日用品や食器、鍋などを頂いたりといろいろと助かりました
人間関係も好調で楽しく仕事することができました。
又時々、休日出勤で頑張っている班長へ
手作りのお弁当を届けることもありました。
きっかけは、班長が冗談で
明日、休日出勤だから弁当作ってこいや!
お前らは休みだけどワシは仕事
弁当くらい差し入れしてくれんかなー
と言ったことで
純粋に私は弁当を作って、休日出勤で頑張っている班長へ届けたのです。
その事で、班長も感激し自宅へ招待ご馳走してくれました。
それからは、奥さん子供とも家族のように親しくお付き合いをするようになりました。
そして、班長から
おまえなー ずっと姫路におったらええよ!
おれんとこの親戚の子、紹介するから結婚せ!なんて驚きの話もでました(笑)
でも、まだまだ結婚なんて考えてもいない年頃です。
ましてや、高校時代から主婦をやっていた私は
やっと主婦生活から開放されて、新しい生活にワクワクして毎日を
どうすごしていこうかと考えているので結婚なんて眼中にありませんでした。
2交代勤務なので、出勤時間に合わせて週に3回は
寮にある白百合学園の習い事教室に通っていました。
週1回は、へたくそな字を直したくてペン習字教室へ
週2回は、姫路駅前にあるタイピスト教室へ通いました。
当時はまだワープロもない時代でしたので、タイプを習っておけば
将来何か役立つことができるだろうと考えていたので、東芝姫路を選んだ理由の一つです。
駅まではバスで通わないといけませんでしたが、遅番、早番と勤務に合わせて
スケジュールを組み、90分の授業も短く感じる程、指がキーボードをスムーズに動くようになてくると
遅番上がりで眠くても、教室での時間があっというまに過ぎていきました。

そして、欲張りな私は
機械網教室・和裁教室と空いている曜日を
お稽古事で埋めていったのです。
さらに週末になると、一人神戸の町で買い物して、神戸・滋賀・名古屋と友人を訪ねたり、
大阪に住む親戚の家を訪ねて小さな従兄弟達の遊んだりと寮にいるということがありませんでした。
寮の友達もあきれて
シンちゃん、あんた休みの日は寮にいたことないんじゃない?
疲れない?
いつも何処に行っているの?と不思議がられていました
シンちゃんは、新里(しんざと)の姓が呼びにくいということで
職場でつけられたニックネームです。
でも、シンちゃんの呼び名は男の子みたいで
シンちゃん言うから男かと思ったーなんていわれることも
まっ 性格が男みたいだからいいかな!

そして、元気に飛び回る私を見て
職場の先輩から、ある場所へ招かれて
地元の青年団の活動にも加わることになってしまいました。
更に楽しい姫路の生活がスタートしました。

その姫路工場は?
http://www.semicon.toshiba.co.jp/profile/site/himeji/index.html
懐かしい

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