ウエムクサムライは自然豊かなところで生まれ、毎日どこかに絆創膏を貼って、冬でも半そで半ズボンの、いわゆるガキんちょでした。
とはいいつつも、あまり気が強いわけではなかったので、ガキ大将的ではなく、また、母が教員であったため、結構厳しい家庭でした。いわゆる、"熱血教育ママ"の家庭ですね。
ファミコン、だめ。ビックリマンチョコ、なかなか買えず(箱買いなんて信じられない!)。北斗の拳・キン肉マン、暴力的でダメ。みたいな感じで。
父は特に教育には干渉せず、あまり怒られることもなく、ただ、博物館や海や山やスポーツなどなど、いろいろと遊びに連れて行ってくれる、そんな人でした。
ちなみに、母方の祖母も元教員。父方の祖父は家柄を大切にし、大変マジメで几帳面な人で、朝、髪型の分け目を決めるときに、千枚通しで一本単位で分け目をつけていたような人。
そこそこの成績をとっていたので、当時その地域では珍しく(クラスに1?3人程度)、中学を受験することを母が決め(最初から決めていた?)、小学校高学年でなんとなく塾通いをすることに。
が、当人は全く私立の学校に行く意味も意義も意欲もなく、押し付けられた現実、洗脳される環境をまぁ淡々とこなしつつ過ごしていました。
が、そんな状態では当然一定以上の成績は取れないわけで、受験は全滅。
当人はほっとして公立の中学校へ。
中学校では、受験勉強のおかげもあって、ほとんど勉強済みの内容で、新規登場の英語と数学以外は特に何もせずともいい成績をとれました。
が!!
英語と数学には四苦八苦。
何せ、他の教科と同じ姿勢では、身に付きようがありません。
音楽もダメでしたね、たぶん、小学校時代にエレクトーンを強制的に習わされたというトラウマでしょう。
英語もモチベーションがあがらず、数学にいたっては、定理とか方程式とか、理論抜きで覚えなければならないことが多く、当時のサムライには全く合いませんでした。( ̄ー ̄;
なにせ、基本的に、物事の理由や実態を納得・体験してようやく身に付くという、あまり器用な性格ではなかったので。
ということで、英語と数学(+音楽)が徐々に足をひっぱり、それまでそこそこにとっていた成績が急降下。
そんな中で、テストの結果やら、通信簿やら、親に見せるのがいやだったこといやだったこと。
先生には褒められるような総合成績でも、少し下がったりするとえらい事に。
たまに、頑張って校内上位の成績をとっても、親に褒められたと言う記憶はありません。
よくグレなかった、というのは、その分、塾で問題児筆頭として、やりたい放題だったからでしょうか。
その後の経緯はまた日を改めるとしますね。
うつ病になってから、母は、当時を思い出しては、「私はやりすぎた」とか、「私の姿勢は間違っていた」とかいってナミダします。母もこれまた頑固者なので、いくらそれを違うと言っても聴きやしません。
私にとっては、最悪のナミダです。
その教育の中、なんとか頑張って生きてきた自分、大人になった自分なのに、その根っこを否定されるような気持ちがするから。
自分は結構厳しく制約された中でも、工夫して楽しんで来たつもりです。
当時の教育方針に、今は何の文句もありません。塾通いや、ファミコン類がなかった為によく外で遊んだおかげで、大量の雑学が身についてますし。
ということで、うつ病と特に闘っていた時は、母と会うことは非常に負担でなりませんでした。
うつ病の治療で、カウンセリングなどでは一般的に生い立ちや家族の様子などを聞かれますが、なるほど必要な情報なのですね。




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