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うつ病にも効用アリの最近のブログ記事

今年の桜は、なんだかいつもに増して美しいというか、可憐なように目に映ります。

カワズザクラ、エドヒガン、ヤマザクラ、ソメイヨシノ・・・。

それぞれが徐々に花咲くのが、よくわかり、また、目に映えます。

 

例年よりも長く楽しめそうな気候だからでしょうか?

このところ数年、ゆっくり桜を愛でるような余裕もなかったからでしょうか?

 

桜のみならず、季節の移ろいをよく目にするようになったと感じます。

つくしがこんなところに!とか、これはカントウタンポポだな!とか。

沈丁花や連翹の花もいつ頃に咲くのか、改めて認識しましたし。

 

季節に特有な、空気の香りも、より敏感にわかるようになったようにも思いますね。

 

まだまだ体調は山谷を繰り返していますが、できるだけ今の自然体で復帰、快復していきたいものです!

本日までの開催であった『長谷川等伯展』を見に、"聖地"と思っている東京国立博物館へ行って来ました。

 

この企画展、開催期間が短いのだが、後半で集客数を大きく上げて20万人を突破してますね!

本日も、最終日ながら大変な混雑。外に大きく列をなした、阿修羅展の時よりも穏やかながら、この人数はすごい・・・。

もっとも、桜開花と連休の好天もあってか、上野公園は大変な人込みでした。

 

列を見てゲンナリして帰ってしまう人もいるようでしたが、かくいう自分は、いろいろあったおかげで混雑でも人ごみでも、ほとんどイライラしなくなったことがありがたいことです。

おかげさまでか、初めて自分の眼で、建設中のスカイツリーを遠方に見つけました(笑)。

イライラしたり、不機嫌だったり、という心の波は、作品鑑賞には大敵だから、まあ、うつ病も何かと貢献しているものだと実感。

あ、あと、長身も役立ちました(笑)。

 

展示会場を何度も行き来して等伯ワールドを満喫。

特に印象的だったのは、仏画の数々。

水墨画の松林図屏風が最も著名だが、そもそも仏画を描いていたということ、連動して放送されていたテレビ番組と雑誌から初めて知りました。

無論、その松林図屏風も、楓図も、数々の風景画も素晴しかったです。

独特のリズム。精緻な描写もありながら、なんとなく滑稽な描き方もされる作品群。

いやぁ、ホント素晴しい・・・。

これに類似した表現が、日本以外にあろうか、と改めて独特の文化に感慨ひとしおでした。

 

長谷川等伯も、当時の権力者に認められる絵師を目指し、野望を持ってすごい努力を続け、一方で、自身の子を先立って失っています。

そんな中、書かれた絵画が松林図屏風だとか。

狩野派という、大きな派閥に挑戦していったことは、なんとなく今の世の中にもありそうなケースですね。その中、子を失うという強烈な試練にも関わらず、国宝となる作品と名を残しました。

 

自分を振り返ってみても、「カミサマはその人が乗り越えられない試練を与えない」というが、誠にもってそうだなぁと改めて思います。カミサマという存在をあまり信じていない自分ですが、そんな"何か"はありそうだなとは思いますね。

時々の試練、いざバリバリ仕事をしていた頃にバッタリ出会っていたら潰されそうですが、そうではありませんでした。

徐々に試練を通じて強く深くなっていく人間を感じ、また、実際傍目にもそうでありたいと思っています。

ウエムクサムライにとっては、じっとしていたり、いわゆる静養、安静というのは反って大きなストレスを生じさせる事柄です。

だからといって、うつ病の酷かった時期は、とてもとてもそんなことは言っていられず、ひたすら寝て、少し食事して、おやつして、寝る、という繰り返しでした。

そんなおやつによって、一時期ストレス食いも合わさって、一年間で12kg(体重比約2割増)太るということにも!!

 

比較的、コントロールが効き、少しずつ安定した日々になってきた今日ですが、ウエムクサムライの性癖なのでしょうか、これは、私のうつ病にとってはいいのでしょうか、忙しいんです。

 

目下、資格試験を一次試験突破し、二次試験の目前で勉強中。

その資格の勉強で広がった人脈との交流。

地元での美術品展に出展する作品が、まだ未完成なので、あたふた。

しかし、パートで約一年になるお仕事で平日は半日を使います。

妻が稼ぎ頭となっているので、そのフォローに育児、家事。

育児も通常は保育園にお願いしているところ、目下保育園がインフルエンザの影響により、登園自粛と言う状態。(娘は自宅待機。)

友人の結婚披露宴の余興を頼まれてこなして(自分的には、散々・・・。)すぐ、別の友人の結婚式二次会の幹事になってます。

自分の先祖調べのほうでは、ありがたくも広くなった人脈より、問い合わせやら、資料の贈り物やら、メールのやりとりやらが毎日。

年賀状を、毎年(小学校2年生から)版画にて作成しているものの、今回は既に出遅れ気味・・・。

お歳暮まで頭と家計がまわらないまま、現在に至る・・・。

あれ、昨日って、実はウエムクサムライの誕生日??

 

そんな感じなんですが、以前から比べると、よっぽど幸せで生きている実感が湧いてきます。

一日中寝ていたあの頃(2006年前後)の辛さと言ったら!!

 

【目の前に、うつ病になる前のリセットボタンがあります。押しますか? (Y/N)】

以前から、度々問いかけてきたクエスチョンなんですが、今なら間違いなく、「N」

絶対に押しません。

 

以前は相当の野心家で、現代社会で上り詰めてやる的な野望をもっていましたが、

平凡普通に生きるってことは、とても幸せなことと気付いた現在です。

有り難いことに、畏れ多いことに、『ATARIMAEメールマガジン Vol.6』にてご紹介いただきました。

 

今回は、それを祝して(?)これまでの挑戦を少しご紹介します。

ウエムクサムライの、"うつ病概要・大まかな経緯"については、最初の方の記事をご覧下さい。(アバウトですみません。)

詳細については、まだまだ記述しきれていませんが、今後を注目いただければ・・・。

 

本来であれば、また、一般的には(?)、うつ病の療養中には、好きなことを出来る範囲でやるように、資格試験とか、はりきって勉強し始めるとか、挑戦することは避けるように、と言われると聞きますし、確かに、そう言われました。

が!うつ病を再発すること数度、新しい境地に立たざるを得なくなったウエムクサムライとしては、なってしまったうつ病、得るものを得なければもったいないと思い立ち、やっぱり回復を形に、そして足跡に、さらに踏み台にして行きたかったので、いくつかの挑戦をしました。これがないと、反ってうつ病治療に悪影響を与えると思ったんです。

もちろん、うつ病と付き合いながら、牛歩で、負担にならないように、気が晴れるものを、です。

でも、ここが重要かと思うんですが、少しずつでも、"長く継続できるもの"を、です。

 

博物館、美術館、名所、遺構に"通い続ける"、歴史大好きのウエムクサムライの挑戦は、

 

◇先祖調べ・・・

先祖がどんな生き方をしていたのか調べてみると、ウエムクサムライの先祖は、織田家、豊臣家、徳川家に仕えた世渡り上手?な武士(大物ではないですが)だったと知りました。

祖父が江戸初期に分家した初代から十代目だそうで、昔からの言い伝えがいろいろあったので、それらをまとめたり、図書館で資料を探したり、先祖の遺構を辿って小旅に出たり、今では、チマチマした成果が積み重なって、今では一冊の(自作)本になっています。

いろいろと新発見が重なって、まだまだまとめきれていない資料がたんまりです。

先祖の身分が何であろうが、構わないんです。やっぱり歴史は面白いですし、生き物なんです。

恐らく、天寿まで続くことでしょう。

 

◇乗馬・・・

いつか、某大河ドラマの戦国モノに、騎馬武者として出てみたいという夢から、まずは馬に乗れなければ!と、思い立ったウエムクサムライ。

が、当然乗馬を趣味にするには、たいそうなお金が必要になります。

そこで・・・、お安くできる、乗馬の体験コースを探したり、乗馬体験の付いたペンションに遊びに行ったりして、不況で苦しむ乗馬業界の隙間を突いて、乗馬の初体験。

ここで、運がいいことに以前に抽選申し込んでいた、乗馬の資格取得コースが当選!!

千葉の乗馬クラブで通って練習を重ね、乗馬検定とっちゃいました!

 

◇居合道・・・

某大河ドラマに出る為には、そして、先祖が武士なら、刀を使えないと話にならぬ、ということで、居合道を習い始めました。

何故、居合道・・・?

それは、竹刀で"立ち合う"剣道に対し、居合道は、ホンモノの刀(最初は勿論模造刀)で"居合う"もの。

江戸期に確立した、戦国時代のような合戦ではなく、室内での格闘を想定したものなのです。

剣道も必要とは思っていますが、やっぱりまずは居合道にて、刀の使い方、仕組み、手入れを覚えようと思ったんです。

近所にとある古い流派の道場を見つけ、通い始めてびっくり。女性と外国の方が多い上、年齢層も若者から幅広いんです。

通い続けて今は段位を取得しています。

そろそろ、剣道や、甲冑を着ての戦術に挑戦したいところです。

 

◇ちなみにマメ知識・・・

ブログの似顔絵イラストは、Windowsのペイントで、マウスを使って自作してみたものです。

 

◇最後に言い訳・・・

あ、変わり者かもしれませんが、決して危ない人ではありませんよ・・・。(汗)

現在、これまでうつ病で非常に大変な思いや苦労もしましたが、"あくまでも"私の人生としては、よかったのかな、と思っています。

それは、人への思いやりや、やさしさ、笑み、あたたかさなど、人間として豊かになれたように思えるからです。

 

また、あの時期に体が悲鳴をあげなければ、そのまま自分にとってはとても無理な過労の状態が続き、身体的・健康的により酷いことになっていたと思います。

 

そして、あの時期は、ちょっと今では恥ずかしいほど調子に乗っていたり、"鼻高々"のような勘違いをしていたりしていました。

確かに、元々、目立ちたがり屋な性格であったにしても、そこまでイヤなヤツではなかったと思うので、あのままでは、社会的にも「人間としてどうなの?」ということになっていたと思います。

 

「立派な会社でお仕事されてますね。」

「花形のお仕事でいいですね。」

「あなたの会社なら、問題なく話を進められますよ。」

「いい給料もらってんでしょ?」

何かとこんな評価をされることがありましたが、これらは全て、私という人間を"直接"評価している言葉ではないのですが、会社や部門といったハコを褒められたことで、自分と言う人間を褒められたように勘違いをしてしまっていました。

クレジットカードが、利用制限なしのものや、ゴールドカードを、会社のブランドで持てるということも、何かステータスの一つの様に思いました。

(その後、散々な状態になるのですが、それは、またの機会に・・・。)

 

ビジネス用語で「勝ち組」・「負け組」という表現が(今では私は現代社会の偏見のひとつに思いますが)ありますが、この二つでいう、「勝ち組」の道を確実に進んでいるな、と思っていたのです。

 

現代社会の暗い部分が垣間見えますが、まさに私はそこにはまっていました。

 

いい会社に入って偉い、いい部署に所属して偉い、と思ってしまって、そこで何をできているか、ということが見えていませんでした。

「やっている仕事、所属する会社」で人間を評価しかけて、「仕事をやっている人間はどうか」という本質がわかっていなかったのです。

日々の業務では、全くその面を出さなかった(これは自分でも不思議です。おそらく、仮面をかぶっていたのでしょう。)のですが、その反面、プライベート・私生活において、謙虚さや感謝の気持ちが足りず、偉そうなヤツであったような気がして大変恥ずかしく当時を思い出します。(お店で「俺は客だぞ!」という様な感じでしょうか。)

 

この病気になっていろいろと学びましたが、仕事というものは、大抵、巡り巡ってまわりの皆さんがお客様になりえます。

 

ああ、今日はちょっと疲れました。

さすがにここに来ても、当時を振り返り、公開するとなると、かなりのエネルギーが必要です・・・。

また後日・・・。

 

※その日の記事により内容が飛び飛びになりますが、構想ではだんだんと一つの話になっていく予定です。ご了解下さい。

プロフィール

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  • ウエムクサムライ
  • ’00年就職氷河期、最大手メーカーに就職、当時花形の環境プロジェクトを任される営業マンに。’03年、化学プロジェクトも含む企画職に異動、海外に案件も拡大し、より充実する毎日。 しかし!毎日”21時間営業中”という無理が祟り「うつ病」に。思わぬ病気で焦る私。病気は根深く復職と休職を繰り返し、結局退職へ追い込まれました。その後、大きく二転三転する生活に翻弄されながら、今日もほら、挑戦中!
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