カフェ&ベーカリー「ぷかぷか」に、ひと際、声の大きい男性のメンバーさんがいる。
私が、彼に初めて会ったのは、昨年秋、中山駅近くにあるハーモニーみどりの調理室で開催されていたパン教室でのことだった。
「いきものがかり!」「幸田来未!」「aiko!」...。
調理室のなかをうろうろしながら、彼は、歌手の名前を次から次にあげていた。
たぶん,年末に放送されるNHK紅白歌合戦に出場する歌手をあげていたのだと思う。そのほか遊園地かテーマパークの名前など、パンづくりとは、まったく関係がない単語を連呼していた。誰かに話しかけるというよりも、自分で自分に話しかけているようにみえた。
そんな彼に、最初は、どのように接したらいいのか分からなかった。
怖さや不安はなく、見ているだけで元気を分けてもらえるような気持ちのほうが大きかったが、パンづくりの練習をあまり邪魔してはいけないという思いもあり、とりあえず、ビデオカメラのレンズ越しに様子を見ることにした。
その日のパン教室では、カレーパンをはじめ、数種類のパンを作った。
他の参加者に交じって、彼も、パン生地にカレーの餡を包む作業を促された。
しかし、周囲の人から、生地を広げて餡がはみださないように包む行程を細かく説明されても、それを受け止めているようには見えなかった。
作業の行程を見せながら「一緒にやろう」と促す人もいたが、彼自身に「作業を覚えよう」という気持ちや姿勢があるのかどうかも、分からなかった。
結局、彼の手のなかにあった生地は,餡がはみだして、上手く閉じることができない状態になっていた。
そんな彼が、今、「ぷかぷか」で仕事をしている。
担当は、パンを近隣の大学や区役所などに持っていって販売する「外販」の仕事だ。
7月初旬に「ぷかぷか」に行ったとき、彼がちょうどお店のほうへ歩いてきた。
厨房にいたスタッフに、外販に持っていく道具の所在を尋ねた。
パンを挟むトングや、商品の名前を書いたカード、商品を入れる袋などをまとめた「外販セット」は、すでに、お店の一角に用意されていた。その傍らに寄ってきて、じっと眺めている。外販に行くことを張り切っているようだ。
「ぷかぷかでは、どんな仕事をしていますか?」
話しかけると、答えがすぐに返ってきた。
「外販」
「今日は、どこへ外販に行くんですか?」
「東洋英和」
「お仕事は大変ですか?」
「たいへんじゃない」
「楽しいですか?」
「はい!」
即答だった。
外販に出かけた先で、彼が、大きな声を活かして、「いらっしゃいませ?!」「おいしーパンは、いかがですかぁ?」と呼び込みをしている姿が頭に浮かんだ。
お店がオープンした日、彼は入口の前に立って、「いらっしゃいませ!」と大声で呼び込みをしていた。道行く人の注目を集めて、お店の前に行列ができたほどだったからだ。
「ぷかぷか」のお店は団地のなかにあるため、オープンからしばらくして、呼び込みの大声にはクレームがあったと聞いている。現在は、お店の周辺で、彼の呼び込みの声を聞くことはない。しかし、外販で出かけた先では、彼のよく通る声が活躍する機会があるだろうと考えていた。
そこで、「外販のどんなところが楽しいですか?」と尋ねてみた。
彼の答えは、「袋に入れるところ」。
呼び込みの仕事が好きなのかと思っていたけれど、それは、私の思いこみ。
彼自身は、パンを袋に入れるところが楽しいと感じていたことを、初めて知らされた。
パンを袋に入れる作業は、パンが売れることと連動しているから、楽しいのかな?
袋に入れているとき、「ありがとう」とか「このパン、美味しかったよ」と言ってもらえることがうれしいのかなぁ...。
「アイドルは、スーパースター」。
そんなやりとりをした後、彼は、「アイドルは、スーパースター」というフレーズを連呼しはじめた。
私やスタッフの話にきちんと応えてくれるとき、彼の持っているリズムは、周囲の人のリズムと上手く合っている。
しかし、「アイドルはスーパースター」などと繰り返し連呼しているとき、彼は独特のリズムで、その場を過ごしている。
彼のリズムに慣れてしまうとたいして気にならないし、時々、元気を分けてもらうときもあるが、初めての人は驚くかもしれない。仕事の場面では求められていない、不要なリズムと位置づけられることもありそうだ。地域の人からのクレームにつながるときは、不協和音となっているのかもしれない。
「どんな仕事をしていますか?」という質問に、「外販」と答えた彼。
しかし、現在はまだ、「この仕事を任せられる」というレベルで、仕事ができているわけでない。
彼の独特のリズムが、「ぷかぷか」というお店や、お客さん、地域の人たちのなかに上手く溶け込み、一緒にハーモニーを奏でていくにはどんなことが必要なのだろう。






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