「ぷかぷか」を撮影したり、ブログに書いたりしていることを第三者に話すと、「あなたは、なぜ、そのような活動をしているのですか?」という質問を受けることがある。
似たような質問は、これまでも何度か受けたことがある。
10代から付き合いのある友人から尋ねられたこともあるし、最近、親しくなった方から質問されたこともある。
私は、NPO法人OurPlanetTVや、国際障害者スポーツ写真連絡協議会(パラフォト)を通じて、障害者の創作やスポーツについて記事に書いたり、映像作品を制作して発信してきた。
たしかに、「障害」にこだわっているのは事実だ。
プライベートな時間を使って障害者に関わる場に足を運んでいるので、他人から見ると、「なぜ?」という質問が出るのも自然なことかもしれない。
しかし、「なぜ?」と聞かれたとき、私は答えに困ってしまう。
強いて答えを出せば、「障害者が気になる」ということだろうか。
そして、「自分自身が、障害者だったら?と想像することがあります」と説明する。
障害を持っていても、居場所がある。
さまざまな人と関わることができる。
仕事があり、収入があり、自立ができる。
1人の人間として存在価値を周囲の人に認めてもらえる。
活き活きと、楽しく、自分らしく生活できる。
障害を持っていても、そんな社会で生きていけたらいいなと思う。
しかし、「自分が、障害者だったら?」という視点で考えたとき、目の前にある状況や、世の中について、「これは、気持ちがよくないかもしれない」「もっと、こうだったらよいのに」などと感じることがある。
理想と現実の溝(ギャップ)を感じたとき、それに対して、知らない顔をするのは嫌な性分なのかもしれない。少しでも何かしたい気持ちになってくる。
なぜなら、障害を持つか、持たないかは、個人が選んだものではないからだ。
私が、障害を持たずに生まれ、生きてきたことは、偶然だったといえる。
障害者が抱える問題は、いつか、私自身の問題になるかもしれないと思う。
障害者のために何かをしてあげたいというよりも、自分のために何かしたいのだろう。




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